2009年05月25日

チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い


2009年02月23日 02:36:41 投稿
チェルノブイリ 連鎖爆発阻止の闘い(1/7)


(事故後の処理に従事した人々に焦点を絞ったドキュメンタリー。汚染除去作業の現場を撮影した貴重な映像や関係者へのインタビューを多数収録)1986年4月26日未明。チェルノブイリ原子力発電所4号炉で事故発生。最初の犠牲者は消火にあたった消防士だった。発電所から3キロしか離れていないプリピャチ市の人々は当日夜になっても何も知らされない…。(最後まで再生すると自動的に次の動画へ移動します。分割多くてごめんなさい。全部で93分ありますので、お時間のあるときにどうぞ。ちなみに、こんな動画うpしていますが私は反原発派じゃないですw 「チェルノブイリ連鎖爆発阻止の闘い」の動画一覧はこちら→mylist/11207675。 












4月27日午後2時。プリピャチ市民に避難命令が出され、43,000人が1,000台以上のバスで避難した。ソ連政府は沈黙を続けるが、他国は気付き始めた。一方、事故現場では放射性粒子の拡散を防ぐため、ヘリから炉の上へ多数の砂袋が投下された。しかし、作業にあたったパイロットと兵士は多量の放射線を浴びてしまう…(動画一覧→mylist/11207675










5月1日。キエフにも放射能汚染は広がっていたが、事実を伏せたままメーデーの祭典は行われた。その反面、ソ連政府は避難区域を拡大していく。そして、欧州全域へと広がっていく放射能汚染…。事故対策委員会では炉心の核燃料が二次爆発を起こす可能性が指摘され、対策を講じる。その一つが、2400トンもの鉛を炉の上へ投下する作戦だった。更なる対策を練るため4号炉付近を調査した技術者は、衝撃的な光景を目の当たりにする…(動画一覧→mylist/11207675











5月13日。炉の地下に冷却装置を設置する目的でトンネルを掘り始めるが、作業にあたった炭鉱労働者はマスクすらつけていなかった。5月14日。ゴルバチョフは遂に国内に向けて声明を発表し、ソ連政府は総力を挙げて対処することになる。(動画一覧→mylist/11207675










7月。4号炉全体を覆う石棺の建設が開始されるが、致死量を上回る放射線を出す瓦礫が3号炉の屋上に散乱しているせいで、作業を中断せざるをえなくなる。ロボットを使った汚染物質の除去作業を試みるが、高すぎる放射線量のせいもあり、うまくいかなかった。そこで、予備兵を招集し手作業による瓦礫の撤去を行うことになった。いわゆる「バイオロボット」である。(動画一覧→mylist/11207675











10月。石棺が完成する。当局はその耐久性を30年以上と見積もっていた。現場には勝利したかのように旗が立てられ、汚染除去や石棺建設等に奮闘した人々は現場を離れた。運転を再開する1〜3号炉。そして、20年後…。(動画一覧→mylist/11207675










事故に関する欺瞞に満ちた発表。現在、そして遥か未来にも及ぶ事故の影響。老朽化する石棺。更に巨大な構造物で石棺を覆う計画。必要な巨額の資金…。(この動画の一覧→mylist/11207675 うpしたドキュメンタリーの一覧→mylist/11393497




















posted by News & Media at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | ロシア・ソ連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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